忘年会のおかわり と 仕事収め 来年の抱負

  • 2015.12.31 Thursday
  • 18:39
19日に生徒の忘年会をしました。今までの流れとは変わってお好み焼き屋で14人の会となりました。
14人とは言っても、希望調査して半分ほどが都合の悪い日でした。
次の週の日曜日に19日に参加できなかった2人の生徒と忘年会のおかわりをしました。
人それぞれ考え方は違いますが、いない人がいるというのはなんとなく気がかりです。
いずれ、全員が集まれる会を設けたいです。

その後30日に5人の生徒が来てようやく仕事終わりでした。
なぜか、年末の忙しい時期に体験レッスンも何人かいらっしゃいます。やり残した感があるのでしょうか。

今年の終わりに気が付いたのは、今まで自分本位で生きてきたなということです。もちろんそれがあってのことですが。
演奏の面での課題でもあります。一人でやっていく達成感や喜びと、うまくいく時と行かないときの波、できることを増やしていく感覚と限界。より良い音楽を作っていくために自分に厳しくしないといけないですが、それ以上に必要なことがある。思えば、去年にそれをすでに感じ取っていて、今年はそこからさらに離れて音楽の外へ、自然へと向かった気がします。
元旦から山へ向かったことが象徴しています。
来年は音楽に還ってくることでしょう。
同時に日常の上でも、いつも多くの方にいろんなものを頂いています。
それに対して、時間とお金をもっと人のために還元していきたい気持ちがあることに気がつきました。

来年はいろいろな意味で、生き方を変えていく必要があるし、必然的に変わっていくことになると思います。
そしてありがたいことに、それが既に良い流れになっていくことがイメージできます。
その面で幸せな年でした。

今年も皆様にお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。

良いお年を。

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門出

  • 2015.07.25 Saturday
  • 23:56

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演奏の後、福岡からの帰り。

瀬戸内海から大阪湾を囲む灯り、太平洋沿岸から東京湾を一周する夜景を終始見ることができた。
毛布をかぶってまで窓に張り付く変人に、近くのアテンダントの方が今通過している場所を知らせてくれた。
それ以外にも、度ごとにわざわざ名前を呼んで接客していただける接客の丁寧さと、なにより、まるで菩薩のような突き抜けた表情
が印象的だった。

すると着陸直後、「なお本日、16年間アテンダントを務めた2番扉担当の○○が、今回をもって最後とフライトとなります、本人に代わってお礼申し上げます」という主旨のアナウンスがあり、自分を含め乗客から拍手が起きた。

向かいに座っている彼女の表情は様々な色の回想をしながら、黄金に染まっていくように見えた。
そして、その次の扉を抜ける際、引き換えにする「お別れ」を伴って。

R.シュトラウスのオペラの終結部がどこからか聴こえてきそうな、そんな瞬間を共感させてくれたわずか1、2分だった。

機を降りる際に、感銘を伝えたくて、ただ「お疲れ様でした。」と頭を下げた。

その瞬間、こらえていたその表情は泣きそうに崩れた。

この顔に以前出会ったことがある気がしたのは、どうしてだろう。



才能には様々あるが、自身のドラマを作れることはその最上のもののひとつだと思う。

その人の自然な行いの蓄積は自身の財であると同時に、焦点を当てられた時に、周囲に感動と共感を与える。
そんな人は幸いであって、その人に出会った人もまた幸いだ。
その相続者は更に、そんな体験を自身でも起こしたいと願うようになる。


いつもの景色が、この夜とても綺麗に見えた。




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7月は忙しい

  • 2015.07.16 Thursday
  • 22:35
いつの間にか、一年の半分が過ぎており焦り始める。

差し迫っている事のうち、メインは8月の初めの生徒の発表会で、そろそろプログラムなどをまとめないといけない。
次第に、それぞれ曲の難易度が上がって来ていて、日ごろのレッスンも難しいし、プログラムのバランスも悩む。
加えて今年はチェリストが2人参加予定だ。曲のヴァリエーションとしては助かる。

今週の土曜日から、生徒の紹介でオケの手伝いで北九州市にいく。
あまり土日のスケジュールに余裕がないので、ぎりぎりまでレッスンで、20時台の飛行機に乗り、
次の日にリハと本番の後、すぐに戻る。
台風はうまく避けられそうでよかった。

違う仕事としては、月末にとある、音楽コンクールの審査員を務めることになった。
学生のころに何度か自分も参加して、お世話になったコンクールだ。
偶然にも、今回自分の生徒が参加する。
もっとも自分の審査は午後の高校生以上の時間帯なので直接審査はしないが、聴かせてもらおうと思う。

このコンクールは、参加者ごとに曲が違うので、一通り曲は見ておく必要がある。
ましてや、高校生以上のガチで楽器をやっている年齢で、自分でよいのかと恐縮する気持ちもあるが、
適切な点数と講評を添えてあげられるよう努力したい。

あとは、自分のこと。

いつもこの時期に、ウィーンを中心にヨーロッパのどこかにいって勉強をする準備を平行させているのだが、今年はなかなかその火がつかない。

人生設計の上では予定に乗っていることで、具体的テーマと計画もできているのだが、モチベーションが以前よりも弱くなっていることは確かだ。
かといって、自分の音楽に足りないものはわかっているので、やはり必要なのだ。
今までは必要なことと欲することが一致していただけだ。

一度自問自答するべきかもしれないし、しかし自分に鞭を打つ正念場なのかもしれない。

10月以降のリサイタルの時期に弾みをつけるためでもある。

今の行動が一生を左右するのはいつでも変わらない。



ごたいそうなこという割には、いつもニィニィ言ってごろごろしていますが。




 

Gesichte von Schwarz

  • 2015.04.15 Wednesday
  • 03:19
前回の日記に関連して。

先週、とあるテーラーさんのところに顔を出してきた。

演奏会用の新しいスーツを作ってもらっていて、仮縫いのタイミングに合わせてサイズの微調整のために。


去年のリサイタルの際、そろそろ本当に良い衣装が必要だと感じて探していて、偶然出会った方だ。

都内には演奏家用の衣装を手がけるテーラーさんで有名な方が何人かいて、
その方々に頼めばすばらしいものを作ってくれることは間違いないのだが、
どうやら先約がいっぱいで出来るまでに結構な時間がかかりそうなことと、
自分で探して開拓できないものかと考えた。

HPからの連絡先と経歴などを頼りに、だめもとで電話をして足を運んだところ、「当り」だった。
お話を伺い、その仕事ぶりからこの人にお願いしようと決めた。

過去に、オケの仕事のため消耗の激しい燕尾服の痛みを修復してもらおうと、
青山や表参道などの服飾店を歩いた結果、おぼつかない対応や不安の残る知識、
提案された代用の新しい既製品の燕尾服のペラペラさに失望したことがあるので、
(これはこちらのニーズの点で仕方ないといえば仕方が無い。服屋さんは悪くない。)
なおさら出会うこととは、運であって必然なのだなと実感した。
(ちなみに以前に燕尾服を作ってもらったテーラーさんがいつの間にかいなくなってしまったため。
この際は結局大元であるミユキ販売にお願いして東北の工場に送って修理してもらった。)

初老で一見控えめだが、性格はとても若く、仕事への感覚も伝統的であると同時に新鮮さを感じさせる。
去年の国内の服飾コンテストでも入賞していて、ご自分の仕事と専門学校で教えつつ、
現在内弟子を2人とって育てていることから性格を察する。
合唱を趣味にしていて、時々ヨーロッパでの演奏を経験しているとのこと。
その時のプラハやウィーンの写真や話を聞かせていただいた。

多く手がけているのはダンス用の衣装だとのことだが、腕を肩の高さ近くに支えた状態を計算する点で、
楽器を弾く姿勢に近いとおっしゃっていた。その経験うんぬんは大事なことだが、
とても研究熱心であることが安心させてくれるし、とても細かく採寸の調整をしていく。
先に書いたように、去年作っていただいた衣装はなんとなく日本的なクラシックさを感じさせるが、それが自分の好みにうまく入っているし、かといって古さを感じさせない。伝統が「新しい」への道を歩いているようなセンスを感じた。
まさに「動いている」感覚だ。

いろいろ話を聞いて興味深いことのひとつ。

黒い生地のサンプルの何十種類もの中からいくつか提案される。
同じ「黒」でありながらなんと数の多いこと。
さらには、同じ型番の生地でありながら,その時期や条件によって微妙に表情が変わるのだと。
同じ生地は生まれないのだという。


黒の見せる音楽。




仮縫いしたものを実際に着て、その採寸を取り直した後、
その場で仮止めの糸をはずして微調整をしてもらう。
ものすごく生々しいアナログな作業であって、
譜面を通して楽器を弾く感覚との近さを感じる。
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自分にはたいそうもったいない気がしてきた。
文字通り、「馬子にも衣装」といった感じだ。
猫に小判、豚に真珠。
猫にも豚にも失礼だ。
ちなみに、これを着てずっと演奏するかは分かりません。
暑くなってすぐに脱いだらごめんなさい。。。
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交渉 裂 和

  • 2015.04.15 Wednesday
  • 01:09

人に物事を伝える、人に何かをお願いすることは難しい。
ましてや別の人を介して第三者として伝えるならなおさら。
性格の合う合わないという根本的な問題もある。

主催者と情報の告知のタイミングについて間接的に喧嘩をし、
結果的に予定していた4月末のリサイタルは「おじゃん」になった。
こちらが集客のために早く告知をしたいのに対し、主催者の動き出しは遅く感じた。
主催者の顔を立てるなら、その告知がないうちは表立って宣伝は出来ない。
何度か催促した上での辞退をした。

もしかして直接顔を合わせて交渉していたら、自分の真意は伝わったかもしれないし、
かといってこれからもこのペースで自分の感覚に嘘をつき続けるのも難しかったので、必然的だったと思う。

しかし、いつの間にか性格の頑固さが滲み出てきたのかと、自分でも密かに驚いた。
ジジイになったらどんだけ性格が硬くなるんだか。。
相手からしたら、こいつはめちゃくちゃ嫌なやつだ、と思ったに違いないし、
自分に非があるのは確かなので、やっちまった感がある。

今回のこともふまえて、結局思ったことは、
顔を合わせたことのない人は動かせないこと。
今の段階では、人に何かをやってもらうということを避けた方がよいこと。

図らずも今年の自分の抱負の一つが「動くこと」だった。

前述の流れたリサイタルの件は、待っていた方に大変申し訳ない。
名曲なだけにいずれの機会に演奏の場を設けたい。
やるやる詐欺にはしたくないので、早速代わりのリサイタルをすることにした。

いろいろ反省して、今回は誰かに物を言って困らせないように無伴奏で。
自分の足で立たないとあかん。
それから、もともと近い時期に腹案を持っていたものを前倒ししたことになる。


先日の日記(4/3)での教会巡りは、実はその場所探しと交渉の為だった。
その訪れた6箇所の教会のうち、よい出会いを感じた所を直感し、
すぐに交渉をして同時にプログラムを決めた。
牧師さんは話してみて、今後も関わりを持っていたいと思わせる方だった。

昨日はそのチラシのデザインなどの打ち合わせ。
自分の中で出来上がっている「絵」とその意図を伝えて、
そこから出る課題の具体的な解決方法を提案していただいてから依頼した。
この方も話してみて波長が合うようだ。
以前違う機会でお世話になり、以前自分のリサイタルにもいらっしゃっていただいたこともある。
ご自身で会社を作った方だが、今回の自分の話をしたところ、人を使おうとしてもうまくいかなくて、結局自分でやっっちゃうんだよね、とおっしゃっていたことに妙に共感してしまった。

1時間ほどの雑談を交えた交渉は短く思えた。
果たして相手は良い時間と感じてくれただろうか。

自らの足を運べば、良い情報は手に入る。
顔を直接合わせて話せば、結果の良し悪しはともかく人には伝わる。

本来生きることは、自分と合わない相手も含めてやっていくことに醍醐味があるのだが。
自分の手が届く範囲で人間関係を育てていくのが性に合っているし、少なくとも今の時点ではそれが正解なようだ。
外から見て損していることは多いだろうが、別の面で得ているもの守れるものはあるとも実感する。
ゆっくりと確実に。



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Ein Sprichwort 1

  • 2015.02.04 Wednesday
  • 23:42

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仕事の後、柄に合っていないが夜景なるものを見に、ぶらっと出かけた。

蛍のような、たおやかに流れる光模様を前に、
普段の自分の感覚を離れて、いろいろ頭の整理と休息をすることができた。
こんな時間が必要なのだった。

その夜景を眺めつつ、21か22歳ごろの3月のある朝に、同じくぶらっと訪れてただ一人佇んだ
春のまもなく流れ込む蓼科の女神湖が目に浮かび、
雪解け水の染み入る浅瀬を覗き込んで自らの視覚を確認し、
水の中でじゃぶじゃぶと掌と午前の陽光とを遊ばせて、
底土と水の手触りの喜びに感謝したことを思い出し、
青空と、雪と、透った水底の深緑に映る穏やかな山の風景を回想しつつ、
そのとき考えた当たり前で稚拙だが新鮮な思い付きがひとつ、ふと頭に還ってきた。



「たいていの物事は、遠く距離をおけば美しく見えるが、
顔を近づけてなお、美しく見えるものが本物である。
美の実体である自然を手本とせよ。」by 自分



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イケメン!
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小節線

  • 2015.01.01 Thursday
  • 00:25
音楽をすること。楽器を弾くこと。必要なことが多く難しい。

が、同時に、音楽はとても簡単で救いがあるともいえる。

意志を持って始めることが出来るし、自身の作る物語を満を持して、幸せの中で終えることが出来る。
嫌になれば、身体を止めれば良いし、そもそも意志がなければ始めなければよい。
ダンス、演劇、映画も然り。絵は時間の中の瞬間を自身の意志で切り取り、または操作できる。

人間が生きることは違う。音楽が終わって、舞台の幕が下りて、
スクリーンの中の笑顔が残像として薄れていっても、人生は続く。

歩いて走って、止まって休んで、笑って泣いて、
愛して憎んで、または愛されて憎まれて、
いつか分からない時に突然倒れて、そしてくたばる。

時間は誰にでも平等に流れる。たびたび感じることは、
まるで自分の身体が大きな時間の潮流の中にあって、
巨大な時間の粒子の流れを身体の正面で受けて、
それが身体を通して常に背後に流れていく。
自分が発する言葉、音はその直後に背後の過去に響きをもって去っていく。

考えてみたら本来、時間の概念は人間が作ったものだった。
そしてその目盛りもなかったもの。
天気は、自然の流れで次第に雲が大きくなりという現象が次第に大きくなり、
また収まっていき次第に晴れていく。

何も無い時間の砂漠に国境線を引く。この瞬間からここを超えることに多くのエネルギーを必要とする。
それを認識する人間が増えるほど、その線は強固に高い壁になっていく。
そのために、心構えをしてエネルギーを蓄える。
それが十分出来なければ。どうなるのだろう?

「年を越す」ことは、なんとなく苦手だ。緊張する。
強制的に人生の流れをそこで線引きされ、終わりを告げられた気分に似ている。
誕生日も然り、歳をとることは構わないから、なんとなくそっとしておいて欲しい。
かといって、節目が人間の生活にとって大事なこともわかる。
でなければ、人は退屈してしまって、時には気が狂ってしまうかもしれない。
ひたすら、目印のない真っ直ぐな地平線を歩く、陸の見えない海を進むことになってしまう。

その絶え間ない流れの中で、音楽をすることは、その果てしない時間に明かりを点す行為に思える。
その明かりのなかで物語をする。せめてその明かりの及ぶ範囲、音の届く範囲は
時間の流れを変え、密かに望む世界や新しい景色、気付かなかった感情を聴く人に体験してもらう。
それは音楽をする人間自身を救うことでもある。
音楽家のするべきこと、できる数少ないこと。
それが比較的表現しやすいヴァイオリンという楽器に感謝しよう。

そんなことをつくづく考えた一年だった。

来年は、より長く明かりを灯していきたいと思います。
あと小節線を楽しむこと。さらには自分の小節線をコントロールすること。

と書いているうちにいつの間にか、小節線を越えていた。
まだ生きていた。よかった。

少し寝て4時間後に出かけよう。

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仕事収め、のはずが休日返上

  • 2014.12.30 Tuesday
  • 23:52
先週、とある小学生の男子生徒に、ニコニコと綺麗な透き通った声で、
「それじゃあ休日返上で練習してきます。」と2、3度宣言された。
そんなスパルタ教育はしていませんが。。その言葉はパパの口癖かな?

2月の室内楽の生徒参加者が20人ほど確定し、曲も選択し終わった。
もともと市民オケに参加していたり、室内楽を嗜む方が多いので結果的に多くなった。初心者の方で参加してくれる方もいる。
基本的にほとんどのグループに古典派の四重奏を提案した。そのためのレッスンもぼちぼち進んでいる。
自分はあれが嫌いなんです。発表会のときに、みんなでズラッと並んで同じ曲をいっせいに弾くやつ。
ほとんど時間潰しにしかならない。本当に演奏の力を付けたいのだったら、自身の足で一人で人前に立って、自分の演奏に身体を張ること、それに対する評価を受け止めるソロの曲。アンサンブルをするにも、各パートを一人で受け持ってその場に音を提供することと合わせて、音楽をコントロールすることに各人がバランスよく関われる、トリオか四重奏。

リハーサル時間が各2回なので、グループとして無駄な時間にならないように、事前にパート譜を精読しておくことはとても大事なことだ。
レッスン時、リハーサルをしたときのシミュレーションが少しでも出来るように、自分がヴィオラとヴァイオリンを持ち替えて他のパートを一緒に弾いて、毎回テンポを変えて密かにプレッシャーを与えているが、よく付いてきていると思う。
リハーサルは自分の練習する場ではなく、お互いの時間を使って音を提供する場。
自分のパートの責任を持ってリハーサルに望む。殆どの生徒さんがこれを理解できていることも助かる。おかげでより質のレッスン時間を作ることができている。古典派特有のボーイングの規則や様式、デュナーミク記号の扱い、アンサンブルでのテンポのとり方。作曲家の生き方や性格の違い。基礎と並んで、重要かつ自分の本分を伝えられるのはとてもやりがいがある。
しかも今回は、ヴィオラの役割でどの生徒さんとも一緒に演奏することになる。一緒に演奏して直接演奏する方法を体感してもらうのが一番よい。
自分のリサイタルで、身体を張ることを見てもらうのもそれが目的のひとつ。
信頼してもらうなら、自分が弾けることを証明するしかない。そのために自分がより良い音楽とその方法を得ていく。

だから、自分も「休日返上」。
10曲ほどの四重奏の曲を休み中に見ないと。次回リサイタルの曲も候補をいくつか作って、練習を始めた。
ヴィオラ自体の練習は、今のところカンパニョーリのエチュードとバッハのチェロ組曲による。
それにしても、弾いて実感したチェロ組曲の素晴らしいこと!ヴァイオリンの無伴奏ソナタとパルティータもすばらしいですが、それよりシンプルでくっきりした輪郭それ自体が、曲の美しさを構成している。
ヴィオラでさえ、弾いている最中に感嘆のため息が出てしまうのだから、これをチェロで弾くのはさぞよだれが出る感覚なのだろう。
チクショー、こんな曲弾けるなんてずるいぜチェリストのやつら!


もうひとつ思い出したら、年明けすぐに、とあるピアノのとてもうまい生徒さんからミッションをもらっていた。
スプリングソナタとサラサーテの序奏とタランテラを伴奏してみたいからやってこい!と。

ヘイ、わかりやした。と、今から見直さないと結構きついんですけど。。
しかしサラサーテ、リサイタルの候補に入れているのにどうして分かったんだろう。。


今日30日、6人の生徒が押しかけてきてようやく今年の仕事が終わると思いきや、31日もレッスンに来るとの連絡が。
勘弁してくれというと、アメリカン気質なので空気が読めないと言われました(大和撫子ですが)。
そしてワタシは日本人なので、断れない性格です。
明日とっちめてやるニィ!

まあ、実質今日で終わりです。
来年は3日から仕事です。

一年がんばった自分にご褒美を与えました。

もはや生徒さんが座る場所がありません。
包装のまま置いておいたら、何人かの生徒さんに、
「もしかしてブタですか?」言われました。見透かされている!
違う生徒さんには、来年のネコの写真のカレンダーをいただきました。むう、またしてもネコめ。
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ではなくて、3日間悶々と悩み睡眠不足になりつつ、
とうとうエントリー向けの一眼レフを買ってしまいました。
しかも、身分不相応に広角レンズまでも追加で。。
したがって、また旅に行かないと行けません。
もはや旅ですら義務です。
しかし、カメラをカメラで撮るのはなんとなく興ざめな。

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最後に、またこんな芸術的なレッスン料封筒をいただきました。
よって開けられません。貯金しろということか。
また半永久開かず袋が増えました。
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それから、華の対価とメッセージ

  • 2014.12.10 Wednesday
  • 01:58
この前の報告日記では自分のことだけ書いたので、今度は違う視点から。

今、演奏会を聴きに着ていただいている方の多くは自分の生徒さんか、身内または懇意にしている方ですが、その中に着物でしらっしゃる方が1人2人といます。
自分の演奏のことで頭が詰まっているその場では、ああ着物だな、というくらいの印象なのですが、自分の受難が過ぎ去って、言いたい放題して、ふと気がつくと、これはとても恐ろしいことだと気がついたのですよ。
例えば天皇陛下への拝謁の機会やウィーンフィルのニューイヤーコンサートを映像で見て、参加者や拝謁者や日本人の聴衆の着物で出席する姿は感覚で見慣れていることで、錯覚をおこしていたのかもしれません。
が、よく考えたら自分の演奏を公の場として礼を持ってきていただいていることですよね。
この自分の演奏の場にわざわざ着物を用意するということ。また着物に関わらず着飾ってその場に来て頂くということ。
敬意を表すことと同時に、その見方を変えれば強烈なメッセージであるわけです。
「(人間性はさて置き)音楽家としてのあなたにここで敬意を払います。なので良い演奏、音楽を提供してくださいね。」
もちろんドレスコードはあるわけではないし、それぞれにとっては単にファッションの選択の一つなのかもしれません。
それを差し引きしても、結果的に(安い)入場料を超えて、一介のヴァイオリン弾きのささやかな演奏会の場に、自らの存在を華として添えていただくことになります。
言葉の無い柔らかい表現ですが、すさまじく鋭い言葉を突きつけられていたことに気がついて、断崖絶壁に立たされていたような気分にやっと足をすくませたのでした。
もちろん音楽家としては自分の音楽に没頭していて当然ですし、それが正しい姿であるとも言えます。
一方、受け取る側の主張もあって当然。が、その場で直接声(音)に出すのは演奏者側というルール。
そして、聴衆側は違った方法を使って、メッセージを伝える。
話が変わりますが、例えばウィーンで店に入る、カフェに入る。
ガイドブックなどにいくつか、とある店で冷たい反応をされた、差別的だった、という評価があったりしますが、自分の感覚で言えば、理由無くそのような待遇にあった記憶はありません。
あったとしたら、あとで考えて自分の方に非があったと感じた時でした。
簡単な単純なことでした。
ある程度小奇麗な格好(自分の場合はいつもスーツだったので)で訪れ、その場で、今ここに自分は入ってよいか、と拙くとも現地語で伝えること。
その店と店員に対して、入りたい意思とそれに見合った敬意を示すこと。それによって店のkellnerの反応は敬意で返ってきます。見た目で判断する云々の単純な話ではなく、敬意を含めたコミュニケーションがうまく交わるかどうかですね。
だめなときは、自分の頭がうまく回らず、それがうまく伝えられなかった場合な気がします。
店としての空間は、その場の客のもつキャラクターを含んでの空間であって、存在するものそれぞれプラスマイナスの相互作用を起こします。客が店を選ぶのと同様、店側も客を選びたい。

だいぶ話がそれましたが、今回のことでふと思い出しました。当たり前の話でした。

演奏の場での聴く側は、実は言葉を使わずにメッセージを発していて、それが演奏者を一段高いところへ押し上げる。
演奏者はそれをうまく変換できるならば、より高いレベルの音楽を提供することになる。
幸いに今回も、甘い評価により概ねそれは成功しているのだとは思います。そこには、弾く方だけでなく聴く側も、ある意味リスクを賭けたメッセージを提供していたのでした。よく考えたら結構怖くなりました。

もうひとつ言えば、頂いたたくさんの花束。
これも間接的ですが、強いメッセージでした。
今は意識することはほぼ無いでしょうが、そもそも花を贈るということの根本には、花言葉というメッセージが含まれているのでした。これを調べてしまうと、もしかしたら実は呪われたり殺されたりしていることもあるので、怖くて敢えてしませんが。

いずれにしろ、人を集めて自分のメッセージを伝える場は同時に、必然的に受け取る側にもなり、その場の持つ力を大きくしているのだなと改めて感じました。、「力をもらった」「やる気になった」という頂いた感想も理解できてきました。

そんなことを振り返り感謝をしつつ、この人たちをいずれもっと良いホールに連れて行かないとな、と花束を整理しながらふと考えました。考えたらまた目が冴えて眠れない。
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といいつつ、頂いたお菓子を当たり前のようにモグモグ食べちゃっていますが。
嗚呼、1ヶ月のジム通いが振り出しに・・・。


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やりたかったこと。

  • 2014.10.31 Friday
  • 22:40


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上の地図を見ていただきたい。
ここでは荒い画質になっているが、実際は容量の大きいデータでかなり拡大してみることが出来る。
この1770年のウィーンの地図に、とりあえずベートーヴェンとモーツァルトの足跡をマークしてみた。
赤がモーツァルト、青がベートーヴェンで、ダイヤが住居跡、三角が主なイベントがあった場所である。
ハイリゲンシュタットとデープリング、バーデンのベートーヴェンの10箇所ほどについては、地図上から外れているのでここでは割愛している。但し、モーツァルトとベートーヴェンの埋葬された場所はぎりぎり地図から外れているが、その地理感覚を残すために、上下の枠外の該当場所に△で示した。

これらの印をつけただけでなく、その場所は一部を除きほとんど訪れた。ほとんどは歩きまわり、その距離感と時間の感覚を含めた地理を身体で覚えることを意識した。
今回行かなかった場所は、日曜のコンサートが行われていたアウガルテン、ベートーヴェンの家がいくつかあるデープリング方面、ハイリゲンシュタットと同様にベートーヴェンが休養で何度も過ごしたバーデンである。
これらはいずれ機会をつくって訪れたい。

ここで言いたいことは、当時の音楽家のあり方を想像するためには、結局今のウィーンの町を歩いて眺めても特に意味は無いということである。古いウィーンの中を歩かなければならない。
今回、地図地図うるさかったのはそれが理由である。地図を見ながら数多くの風景画と共に町並みや遠景を想像し、そこからより具体的な情報を得た上で今のウィーンを辿ってみることで、「新しい」古いウィーンを作り出すきっかけになる。

これによってある時間のドラマを想像することもより立体的になる。
例えば、モーツァルトの死から埋葬まで。
ケルントナー通り裏の家から、すぐ近くのシュテファン寺院にて葬儀が行われ、その後馬車に乗せられて脇の道を通って城門から緩衝帯を通り抜け、まだ寂しいラントシュトラーセ通りを過ぎ、郊外に出てようやく地図の下部の赤△の墓地にたどり着く。実際歩いた感覚だと、シュテファン寺院から少なくとも40分程度はかかるだろう。
ちなみに、弟子のジュスマイヤーも同じ墓所に埋葬されたという。

すでに別記事で書いているように、19世紀後半からウィーンの風景は大きく変化した。
多くの研究者や著名人が述べているように、今のウィーンへ全く別物にしているのは、城壁や砲台の除去、その区画整理とリングシュトラーセの設置である。
さらに、第二次世界大戦での爆撃による被害は、ささやかに残された音楽家の面影をさらに消し去った。
本来は、両大戦でウィーンの自ら負った物理的精神的の深い傷を覆った肌の上からさらに見つめなければいけないが、今ここでは避ける。

今を生きる音楽家、特にクラシックの音楽で食を得る音楽家の出来ること、そしてするべきことは、血肉として当時の音楽家に寄り添い、その身体精神の土台に譜面からの音楽を建てることではないかとつくづく考えた。
さもなければ、お金をいただく説得力がない。自分をごまかして裏では苦しみながら生きる時間が続くのには耐え難いし、このままぬくぬくと生きられるとは思えない。
楽器が弾けることと別に、その裏にあるものの正体をようやく理解し始めた気がする。

この印をつけた地図は残念ながら、最適な選択ではないと思う。
欲を言えば広く郊外まで含めたものがあればよいし、時代的にはベートーヴェンのころが反映されているものがよい。
例えば、この上には2〜3のベートーヴェンの住居の区画がまだ畑のままであるし、ラズモフスキー邸も無い。

それから、今回はベートーヴェンとモーツァルトの足跡のみに焦点をあてているが、そのほかの音楽家の住居や名所も多く訪れた。いずれシューベルト、ハイドンを含めて、赤青の上に新しい地図を新しい色の印で満たして、自分自身の音楽家の地図を作りたい。
ちなみに、ブラームス、ブルックナー、ヨハンシュトラウス2世などは、当然また別の地図の上に生きることになる。

以下、候補にした、または今後検討する地図。



上記の地図と共に、18世紀後半のもの。
こちらの方はとくに建物が丁寧に書かれていて、より立体的に想像できる。
残念なことは、外側の防壁外が空白であること。
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フランス語による、より広範囲な地図。シェーンブルンまで含まれている。
ベートーヴェンとモーツァルトの墓所と思われるところも範囲内。時代的にも19世紀初めで好ましい。
しかし今度は広すぎて、印はつけにくい気が。ハイリゲンシュタットとバーデンは残念ながら含まれない。
これはデータを見つけ出すまで時間がかかった。
よい精密な有料のものがある。
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今回一番期待した、1764-1787年に作成された地図。
ヨーゼフ2世の時にプロジェクトされた地図群のひとつ。
Josephinische Landesaufnahme Wienと表記されている。
対外戦争が日常茶飯事であった当時、地図は戦争の行方を直接左右するものであって、扱いは機密であったと思われる。
そういえば、江戸時代のシーボルト事件はそんな話ではなかったっけ。
その恩恵を今受けることが出来る。

ついでに言えば、1683年のオスマントルコによるウィーン包囲の前、トルコの外交使節がウィーンを訪れた際に、
厳重な監視をするべきだったにも関わらず、使節団の一員によってウィーン周辺の地形や、(以前の記事に書いたが)特に激戦地となった王宮前の城壁と堡塁を大砲の配置や数などを含め、詳細にスケッチされていたという。

しかしこの地図に何か書き込むのは気が引ける。美しすぎる。
ドナウ川のウネウネが見事。
Josephinische_Landesaufnahme_Wien 2.jpg

偶然であったが、たまたま買った鳥瞰図が1683年のものであった。
正確な描写ではないが、印象としての風景や人の往来、時間の流れなどを直感的に感じることが出来る。
しまっておくのももったいないので、サイズをあわせた額縁を注文して、レッスン部屋に飾ることにした。
Wien-1683(1686)-Allen.jpg


思っていたよりも大きくて焦った。あと中身より額縁の方が高い(笑。
レッスンにいらっしゃる方は一度ごらんあれ。
IMG_7694.JPG


ヴァイオリン教室
Jun Tomono VIOLIN SCHULE
http://jt-violin.com/index.html


 

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