次の準備。生徒編

  • 2015.03.07 Saturday
  • 00:02
前回の室内楽を終えてから、すぐに半年後8月の発表会始めの日程を決め、すでに会場を仮押さえした。
室内楽をテーマとしたが、特にそこにこだわる予定はないです。ソロを弾いても良し。
ただ概ね好評だったので、ニーズがある限り続けます。

したことを続けることが重要であるしそれが難しい。
自分の教室ではしばらく、生徒の発表会を年に2回で回していきます。

多くの物事同様、楽器を上達させるには、課題設定→練習→実践、このサイクルを繰り返していくことになる。
それをある程度教える側でコントロールをするし、その意識を本人が意識することが出来ればなおうまくいく。

自分の印象として、音楽は上達の実感が生徒自身の判断ではし難い習い事だと思う。
級検定やテストのある語学や細かい規定による和の習い事の許し状など、ステップを社会的具体的に与えられて実感できることに対して、音楽の評価はあくまでその場での個の主観に左右される流動的なものだ。
だからこそ、強い主体性と適切正確な客観的自己評価の割合が大きい。
自分の生徒に教える方針は、実はそこをベースにしてしているのかもしれない。

ちなみにレベルの高いコンクールやオーディションという形で評価を受けることは、それにクリアできるに適ったことであろうし、自身の動機としても好ましい。もっともそれが出来る生徒とタイミングは限られているし、もはやプロの道への範疇だ。
運の要素も含まれてくるし、不確定な必然性と結果論のやり取りになる。

その時々に必要かつ適切な曲をタイミングよく辛抱強く練習することもモチベーションに関わる。もちろんその前提に、よい音を常にキャッチして保持できるテクニックを持っておくことがある。
導く側としては、適した課題を含んだ曲を必要なタイミングで生徒に提案できることが大事な仕事になる。

話を戻すと、課題を設定し曲を絞って練習して、それを実践すること。
楽器を演奏する目的は、誰かのために音楽を提供すること、人前で弾くこと。
それをより多く経験することが上達の近道だ。
自分としてはそのための準備の機会を少しでも多く提供できればと考えている。

生徒によっては、1年に1度がちょうどよいという方もいる。逆に意欲と時間のある人は半年に1回がよいと言う。
子供の生徒だったら、ステップアップを早めるため、またコンクールを受ける予行としてもっと多いほうが適切だろう。
いずれにしろ、選択肢を用意しておくにこしたことはない。

もうひとつ、以前の傾向として経験者は積極的に会に参加するのに対し、初心者(特に大人)の方は遠慮しがちだった。
もう少しうまくなってから、という理由が多い。
現在50人弱の生徒さんのうち始めて2年未満の方が3割。決して少なくない割合。

自分の経験上、始めの段階で、人前で弾くことになれたほうがよいです。
まず経験して、うまくいかないこと、失敗することが大事。練習して難しいこと段階にあがるほど、自分のハードルも高くすることになる。低いうちに飛んでみること。
その点で、去年の夏の発表会、バイオリンを始めて半年で多忙のため練習も十分出来なかったであろうにもかかわらず参加した某企業の社長さんは、それをよく分かっているよな、と感心した。

もしかしたら経験者への気兼ねや、恥ずかしさもあると思う。
そんなことも踏まえて、提案により次回8月は初心者中心の会も別日に設けることを予定しています。
なので、2日間を本番日として押さえています。両日参加も可能にするかも知れません。
気軽に参加して参加してもらえればと思います。


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封筒をめぐる杞憂

  • 2014.11.27 Thursday
  • 20:22
自分のレッスンの際にいただくお礼については、基本的に月末預かりにしています。
毎回用意していただくことも、ある意味で煩わしいことになるし、出来るだけお金のやり取りから頭を切り離して楽器での関係を中心にしたいので。この点は個々の考え方もあって、1回ごとに渡してくる方もいますし、2ヶ月ごとなどが暗黙の了解になっている方もいて、かなりゆるい決め事になっています。(いただかないまま、そして自分も言わないまま3ヶ月経っていることも含めて。)
要は、お金を出す気になったら頂ければよいよと。町医者みたいな感覚でありたいと考えています。(果たしてそれでいいのか?)
基本的にこちらで月謝袋を用意しているのですが、レッスン時間でぎりぎりまで(玄関で見送るまで)楽器のアドヴァイスに頭が傾いていると、毎回それを渡すのを忘れる。渡しそびれる。
結果的に、月末に生徒さんからお金をいただく際には、

1.直に手渡しでいただく。
2.生徒さんが毎回封筒に入れてくれたものをいただく。

このどちらかになります。

1.の場合は、こういうこともあるでしょう、自分がその方の月謝袋を渡しているという原則を崩しているので。

2.こちらがひとつ問題、
適当なものに入れてくれる方はよいのですが、善意で高級な封筒を毎回用意していただける方も多く、なんだか申し訳なくなる。気持ちはありがたいです。その上でその封筒のその後はどうしてよいか分からず、そのまま保留になっているものが多いです。同業者によっては、生徒さん側に何か渡す際に使いまわすことをしているようです。
なんとなくそれは躊躇する、なんでですかね。

さらに困るのは、キャラクターのデザインがあるものや動物など、顔があるもの。あれは勘弁してください。
それと目が合った時から人格が意識され、捨てられなくなるので。
猫が書かれているものなどが出てきたら目も当てられない。
偶像禁止という条項を加えるか検討しないと。もしやムスリム化の流れか。

この類の、猫は、猫は勘弁してくださいニイ。。
もう自分の墓場にまで入れてもらわないといけなくなる勢い。
IMG_7893.JPG



違った意味で扱いを考えてしまうのが、自分でデザインをしてくださる方。
以前違う記事で書いた、画家の島さんという方は毎回封筒のデザインをしてくれて、しかも英語の詩まで(ご自分で考えるのだろうか)添えて、封をして渡してくれる。頭が下がる想いだ。
こうなると、もはや一つの作品として取り扱うことになるので、これは開けられずに保管されていくことになる。
もっとも、ご本人が忙しくなったのか、「こいつ反応がないな」と面倒になったのか、最近は左側のように簡略化される傾向があるが、この慣習は残った。
この開けない、開けられない一連の封筒群を、自分では勝手に島袋貯金と命名している。
いつか、金額が7桁を超えたら開けようかしらと考えている。
IMG_7895.JPG



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正念場

  • 2014.07.17 Thursday
  • 01:23
そろそろ発表会の準備をまとめていかないと。
プログラム用の情報の整理、生徒さんと伴奏合わせのスケジュール合わせ、会場との打ち合わせ、
発表会に参加する生徒さん、参加しない生徒さんのレッスンスケジュールの調整。さらに毎月平均して4〜5人の体験レッスン。一体なにが起きているんだ。
レッスンといえば、ぼちぼち天才少年少女系が現れ始めて、それなりの曲を弾くのでレッスンの度にとても楽しいと同時に緊張する。
後はなんだ?
自分が弾く曲をぼちぼち決めないと。というわけでようやく重い腰をあげて練習し始めた。これが一番胃に来る。。
(何を弾くか、そりゃ秘密ですよ。)

一方で発表会後の打ち上げを企画してくれるべく、連絡してくる生徒さんがいる。
自分にはその余裕がないので、とてもありがたいことだ。

しかし、、あなた今回フランクのソナタ弾くんでしょ。えらく余裕なんですな、と突っ込みたくなる。
なので、当日の演奏のトリをやはりその方にお願いしようか考え中。

今週は、ピアニストの方々と事前に、「伴奏のための」伴奏合わせ。
本番の日とは別に生徒さんの伴奏合わせの日を会場で2日間設けているが、それでも一人あたり使えるのは30分弱。
その時間を無駄にしないように、ピアニストさんにとっては曲慣れと、生徒さんごとの癖や傾向を事前に知ってもらうため。
自分にとっては曲の勉強と再発見を兼ねて。
具体的には生徒さんの曲ごとに、これまでのレッスンで起こったアクシデントをわざと作ったり、音色やテンポ感の傾向を交えて真似て合わせてみる。
(こう実際書いてみると、自分がすごく嫌な性格に思えてくるのですが、気のせいですかね。。)
結果として今回の20曲強を、自身が一通り譜面を見直しつつ通せるように練習しておくことになる。

しかし最終的には、生徒さんの方が良い演奏をしますよ。
自分が小一時間ちょこっと目を通して無難に弾いても、時間をかけて身体に入れた演奏にはかなわないと思います。


しかし、時間の整理が出来ない人間なので、生活に支障が出てきた。
なにより髪を切りにいく時間がない。見た目が某○村○内先生みたいになってきた。誰かカットしるぶーぷれ。



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飲み会を開いてもらった。

  • 2013.08.24 Saturday
  • 03:02
 この間の日曜日、5人レッスンを見たあと、生徒さんたちに門下会という名目で飲み会をセッティングしていただいた。

当初、「囲む会」と連絡があり、囲むのは勘弁してくださいとお願いしたのだが、

結局なんとなく気を使われつつやんわりと囲まれていた。。

先日の発表会の打ち上げの意味もあって、今回はその参加者だけにしたらどうでしょう?と提案したのだが、そうでない生徒さんのフォローはどうしようかと、あとで悩む自分がいる。

本来はいずれ自分の方でセッティングするべき機会だったのだろうが、気を使っていただき先回りされたようだ。

それにしても、なんと名誉なことで、幸せなことであろう。恐ろしくもある。

自分はたまたまヴァイオリンという楽器を教えている、それだけがこの多彩で立派な方々と自分を結びつけている。

ところで、生徒さんはお金を払い、自分はヴァイオリンを教える。
一面ではこれでこの関係は完結している。
が、自分にとっては違ったもうひとつの見方がある。
生徒は、最小単位の直接的なパトロンなのかなと、ある時ふと考えたことがある。
つまりは投資をされているという見方である。

勉強しなさいよ、成長しなさいよ、ということだ。


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発表会が近い。

  • 2013.07.15 Monday
  • 21:06
 自分の生徒の発表会が8月はじめにある。

本番1日とピアノ合わせ2日分のホールを予約して、
大まかな予算を計算して会費を決めて、
参加者と曲を調整して、
伴奏者の配分を決めて
ピアノ合わせの時間の希望調査をして、
ピアニスト二人に譜面を送って、
曲と時間を表にして、
生徒用の要項を作って、
プログラムの順番を調整して、
生徒が連れてくる人数を聞いて、ホールのキャパシティと照らして
プログラムを作っていただく方と打ち合わせをして、

今のところこんな段階だ。

後は、

一週間前の伴奏合わせの際にピアノの状態をみて調律するかどうか、
当日、生徒に何か手伝ってもらうか、

といったところか。


参加者が思ったよりも増えたので席数が心配だったがなんとかなりそうだ。


日にちがちかくなるにつれ、(すべての!)生徒が自分のテクニックや音楽つくりの課題をうまく調整してくるようになったので、自分としてはこのところとても安心している。



生徒の方はもちろん成長するが、自分も伴奏譜を弾いて、曲のつくりについてより理解できたり勉強になる。

興味深かったことは、プログラムの作成の際。

基本的に、曲名とその出典を原語で表記しようと考えている。
教本に載っている短い曲にも必ずオリジナルの出典があるはずだ。したがってそれを探す作業になる。

例えば、新しいバイオリン教本2巻に載っているリーディングの作品は
Oskar Rieding / Romanze G-dur aus 6 leichte Vortragstücke

ベートーヴェンのメヌエットは元はピアノの譜面で見つけて
Ludwig van Beethoven / Menuett C-dur aus 6 Menuette für Klavier WoO.10


その作曲家がどこの国の生きて、何語の感覚でそしてどの楽器で曲が書かれているのかは生徒に知ってほしいし、レッスンの際にもできる範囲で伝えている。

それがまず表されるのが作曲家のすべての名前とタイトルであろう。

生徒に見せて「読めない。。。。。。笑」という意見もあったが、その意図はおおむね理解されているようだ。
(この点については客としてくる方のことも考え、原語のプログラムと日本語のプログラム両方を用意しようと思う。)


調べた結果、思わぬ結果になることも。

リュリのガヴォットと教本に記載されているものが、実はリュリの作品でなく、 Marin Marais(マラン マレー)という作曲家のものだった。
すこし考えて、作曲者の名前を省き()書きとして情報を載せた。
Gavotte a-moll (orginal : Marin Marais / Rondeau – 1er livre de piéces Viole no.24 )

エックレスのソナタについては興味深いことであると同時に、悩んだ。

彼はイギリス生まれのヴァイオリニスト、作曲家だが、
当のソナタは彼がフランスの宮廷の弦楽オーケストラ(vingt-quatre violons du roy)のメンバー
として活躍していた時代のものであるらしく、初版のソナタ集もフランスで行われている。

しかしそのファクシミリを読む限り献呈先はイギリスの貴族らしい。
それから、彼の献呈の辞の中では、この曲はイタリアのスタイルで書いているよ、と本人が述べている。
しかもこの1720年のソナタ集のうち大部分が、どうやら同時代のイタリアの作曲家2人
(Giuseppe ValentiniとFrancesco Antonio Bonporti)の作品からそのままコピーしているものらしい。両者の譜面を確認すると、とりあえずAllegroの楽章はそのままBonportiのものだった。。


音楽史に書かれているように、コスモポリタン的なこの時代の産物といえるし、抜け目ないというか。

迷った末、面倒になったのでこれはもうエックレスのまま英語表記にした。
勘弁してニャア。。。

こんな類のものは当時たくさんあるんだろうな。


と、こうしているうちに自分の練習時間がどんどん少なくなる。

生徒に、自分にも弾けと言われているので、さてどうしよう。。

これ以上ピアニストに迷惑かけられないので、やはり無伴奏か。


まとまりのない文章、切羽詰っている証拠だ。。。



エックレスのソナタ表紙、献呈相手、作曲した場所たち、下には本人のサインだろうか。


エックレス本人の献呈の挨拶だろうか。
ものすごく相手をヨイショしている中に、自画自賛が見え隠れしているのが面白い。
フランス語のつづりが時々現代のものと違うものがある気がする。


ソロの下に通奏低音の譜面が書いてある。美しい譜面。
なおこれらの資料は自分が読んだ後、発表会で弾く生徒に献呈いたしました。


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恐れ入った。。

  • 2013.06.19 Wednesday
  • 22:19

 最近いらっしゃるようになったばかりの生徒さんが、レッスンの際に地元のハムを送ってくれると言う。


彼女は自分の母親くらいの年齢だろうか、東京には1時間半ほどかかる場所に住んでいるのだと言う。

(最初にお会いしたときに何故か教えてくれなかった。)


それから2日ほどして知らない番号からの電話通知が。


その最初の数字は「01」。

まさかな、思っていたが、さらにその2日後に届いた箱の送り状の住所がやはり北海道。


それを見たときおもわず、「えぇ!?」と声に出してしまった。


後でわかったことは、1時間半というのは地元の空港(札幌ではない、)から羽田までの飛行時間だったこと。


2日間連続でレッスンに来るのが、月に1〜2回。


もちろんただ自分のレッスンに来るためだけではなく、東京に住む娘夫婦と孫にたびたび会いに行くことと、
他に合唱の練習にも参加しているらしい。


そうは言っても、遠い距離を自分のところに通っていただいていることには変わりない。


レッスンの時間に話す際に何度か話してくれたのが、彼女は行き詰っていてもう音楽をやめようか
悩んだ末に、自分のところへ来てくれたこと。


彼女自身の時間と音楽に対する姿勢に、心を打たれてしまった。


自分の磨いている音と音楽をテクニックとして伝えることはもちろんなのだが、


じゃあ自分はどのように音楽と向き合ってきて、そしてこれからどうするのか。


音楽を通して求められ、また見えてくるものは、自分の通過してきた道やこれから見たい景色であるし、
意図しなくても、結局生徒はそれを感じ取るだろう。


だとすれば、するべきことはやはり自分の在り方と進むべき道、欲する道を真っ直ぐ進み、
それを堂々と伝えることなのだ。

 

彼女の他にも遠くからレッスンに来る方が何人かいる。

その1時間、1時間半、その旅の道で彼らはどんなことを考えているのだろうか。

 

ちなみに、最近のレッスンで前述の彼女は帰り際に、

もうひとつ、私に言っていないことがあるという。


むぅ、妙に気になるニャア。。


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ラブレター

  • 2013.05.03 Friday
  • 22:27


 フランス人の女の子が時々、レッスンの際に何かをくれる。
学校や家で作ったものが主で、それが次第に増えてくるのだ。

そのうちのひとつに、桜の季節にもらった手紙らしきものがある。
学校で習っただろうアルファベットで書かれているのだが、はじめの名前らしき配列以外は何度眺めて考えてもわからない。

彼女のお母さんに聞いたところ、ラブレターだという。
何を書いたのか聞いても、全く教えてくれないらしい。

レッスンの際はなかなか言うことを聞いてくれない(わざとだろうか)のだが、レッスンの時以外は自分の話をよくするらしい。将来自分みたいな男と結婚するという。(やめておきなさい。)
これもお母さんからの話なので、どこまで本当の話なのか。



それにしても例えば彼女が20才になるまでに、およそ15、6年。どう成長するのだろうか。
この手紙を覚えているだろうか。自分で読むこともできるだろうか。

そしてそのとき自分は50近くになっていることだろう。


誰かにこの手紙を見てもらい、解読してもらって意味を知りたいとも考えるが、彼女のためにやめておこう。


ただ自分が死ぬまでにはこの暗号を解読したいと思う。


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さば??

  • 2013.01.22 Tuesday
  • 00:20
 
生徒さんが増える時期。
1月に入ってからすでに5人の方から問い合わせがあり、
今のところ3人が新しい生徒さんとしてこれから関わっていく。

さて、その中で5歳の子がフランス人の女の子!
そのかわいらしさに、レッスンの前に思い出そうとしていたフランス語の挨拶が吹っ飛んだ。
彼女は完璧な子供らしい日本語。

こっちが緊張して、コミュニケーションがうまく取れたかどうかわからない。

これからレッスンで厳しいことを言えない気がする。ただでさえ生徒には甘いのに。
少しだけ楽器を弾いてもらって5分ほど教えていたら沈んだ表情で、

「・・・・・つかれた。。」とつぶやかれてしまった。

どうすりゃいいんだ。もしかして嫌われたのか。




若干密かにしょげた自分。
彼女がこれをテーブルのところに持ってきた。(ゾウは私物です)。それからお母さんから渡された。
紙で作ったもの。
直接渡されたわけではないので自分にはわからなかったが、
お母さん曰く、僕にあげるということらしい。一応好意らしい。

どうすりゃいいんだ。

終始、翻弄されるがままの自分がいた。




お母さんが日本の方(ピアニスト)でお父さんがフランスの方(まだお会いしていない)。
フランス人学校ではフランス語で、普段は日本語。英語も話せるらしい。
これから日本とフランスの良いところをたくさん吸収していくんだろうなと、しみじみ考えてしまった。



さあ、大学で履修してすっかり忘れたフランス語をやり直すかな。



せ ふぃに。

ぼん にゅい。

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深刻な問題

  • 2012.04.21 Saturday
  • 02:02
JUGEMテーマ:日記

 最近、どうしたものかと考えているのがレッスンの時間についてである。

ほぼ毎回かなり時間を過ぎてしまうのだ。
60分のレッスンなら1時間半近く、90分の時は時として2時間近くなってしまう場合がある。


特に無駄話をしているわけではなく、その時間いっぱいひたすら弾いてもらって弾きながら説明している。
(レッスン内容自体は、全員ソリストにしてしまうくらいの勢いだ。)

来て間もない生徒さんはまだそれほどでもないが、
皆さんどんどんうまくなるので宿題にする課題や曲が増えてくる。

それを毎回なるべくこなすようにするので当然のように時間が超過する。
自分の教えたい技術も段々増えていくことも、深刻な問題だ。


この悪循環?に陥る理由をもうひとつ自らが招いている。

レッスン時間が長くなることを見越して、生徒一人につき2時間と考えているのだ。
これで思う存分レッスンをしてしまう。なんてこった。


あ、もうひとつあった。
余りに余裕がないか、うっかり忘れてた場合を除いて生徒に紅茶を出している。
もちろん自分もレッスンの過程でズルズルと飲む。生徒さんはレッスンの後少しゆっくりしていく。

おかげで生徒が増えるほどお茶の消費が伸び、ルピシアの池袋店は大繁盛だ。
これだけ貢献しているのだから是非とも表彰していただきたいものだ。



幸いにも、今のところ生徒さんからシリアスなクレームをまだ頂いてはいない。
真っ赤な顔をしたおじさんが

「レッスンが長すぎる!どうしてくれるんだ!」と
どなりこんで来るような問題は起きていない。



ただ、以前長いレッスンの後、大学生の生徒さんが
「これからまた大学に戻るんです。」と申し訳なさそうに話したときは冷や汗をかいた。

ごめんなさい。m(_ _)m


自分は普段から楽器を弾いているからなにも感じないんだけど、
いつか生徒が疲労の余りぶっ倒れて、救急車が来て、警察が家宅捜索に来て、在宅起訴されて、新聞に載って、社会問題になって、近所のおばちゃんにヒソヒソ後ろ指さされたらどうしよう。。



警察のお世話にはなりたくないので、時間については真剣に考えよう。


まずは大きい時計を買うことにしようか。

この件に関して、是非を含めご意見ありましたらお願いします。
たくさんのお便りお待ちしています。


追記

今わかった。自分、文章も長過ぎる!


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生徒は先生だ。

  • 2012.03.30 Friday
  • 00:00
JUGEMテーマ:日記
JUGEMテーマ:ひとりごと
JUGEMテーマ:学び


  何人も生徒を教えている中で、時々ドキッとすることがある。

もちろん音楽の情報を伝えるのは私のほうだが、生徒から受け取ることも多い。

本気の表情で音楽家の演奏をする生徒の勢いに押されて、自分に必要な基本的な音楽への欲求を改めて気付かされたり。

レッスンの時に、いろいろ考えながら伝えたことを後で自分でやってみたら、自分がうまく弾けるようになったり。

自分で弾いてみて思っていたよりも難しいことを教えていたことに気がつき苦笑いしつつ、それをだんだんこなせるようになった生徒に心の中で感心していたり。

生徒に教えることで、その生徒が自分のテクニックの課題やまたは自分の持ち味を映す鏡になって、自身の練習や実際の演奏の糧となる。加えて生徒それぞれの良いキャラクターが加わって影響する。

レッスンの時間以外は、生徒はみなそれぞれの仕事や学校、人生の主人公だ。
立派な仕事を社会で果たしている方々、自分よりはるかに経験と教養豊かなお母さんたち、なつかしい学生生活、それから子供の何事にも代えがたい新鮮な呼吸に触れること。
帰り際にみな思い思いに話し、自分の知らない経験を少しずつ置いていってくれる。
そのときは自分の方が生徒になる。

つい自分の方がレッスン料をすっと差し出したいくらいだ。


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